京友禅は幾人もの専門の職人の手を経て出来ています。友禅職人と言えば絵筆を持った挿し友禅の職人ばかりにスポットがあたりますが、彼一人でなにもかもやっているわけではありません。複雑な工程を必要とする京友禅の場合、大勢の職人の手を経てようやく一反の染物が完成するのですから、これを仲介する役割が必要となります。
京友禅を制作する場合、注文主の意向をよく踏まえた上で、まず工程を想定し、これに最も適した職人を選定、加工指示を出し、途中で事故があれば適宜補正しながら完成まで面倒を見る、いわばプロデューサー的な役割をする者が必要になります。この仕事が悉皆屋(しっかいや)です。近年「染匠(せんしょう)」という言い方もされます。
特に技術は不要ですが、「悉く(ことごとく)皆」の名の示すように、広範囲にわたる知識とセンス、それに注文主の意向を汲み取る理解力が必要です。注文主の意向が伝わらないようでは「悟りが悪い」などと言われ、技量不足と評価されます。また優れた職人を抱えていることも悉皆屋の度量のひとつです。職人の人材バンクと言ってもいいでしょう。
また、小売店を相手にシミ抜きや洗い張り、染め、仕立てなど、様々な加工品を預かって帰り、京都の各工場で調整し納品するという業種も悉皆屋と呼ばれます。前者を工場とすると、こちらは卸問屋に位置し、むしろ一般にはこちらのほうがイメージされます。加工の仲介だけでなく、卸売りを兼ねている業態も少なくありません。
多くの解説を見ると、この卸問屋的悉皆業と前述の製造元的悉皆を区別せず説明しており、ある種の混乱を招いています。おかしな話ですが、私共は悉皆屋さんから仕事をもらってる悉皆屋ということになります。
近年「悉皆屋は過去の職業で、現在はなくなった」と思っておられる方が多いのですが、そうではありません。呼称が変わっただけです。電話帳を見ても「悉皆」では出ていません。「染物」と表記されています。また組合名にしても。「京染」「友禅」とか「染匠」という言葉を使っています。つまり活字だけに情報を求めても「悉皆」という職業には行き着きません。しかし現場ではやはり悉皆という言葉は現存しており、別称である染匠という言葉はあまり使われません。
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